たとえば、なんとなくずっと使っている家具や家電、子どものころから実家に置いてあるおもちゃ。最初はただの風景だったものでも、ふとしたきっかけで家族の思い出のストーリーに触れたり、自分でも調べたりするうちに、とたんに愛着が湧いてくることがあります。そのくらい、だれかの大切な物語や、自分で気づくという行為は、私たちを取り巻く世界を少しずつ広げるための、強力なアイテムなのです。
2025年10月、ハンズ創業50周年を目前に始動した「生活編集図鑑」プロジェクト。その一環として、前回お届けした「ハンズさんぽ」とともに開催されたのが、今回の「ハンズトーク」。聞き手を務めたのは『銭湯図解』で知られる画家・塩谷歩波さん。筆者である路上園芸鑑賞家・ライターの村田あやこは、進行役を務めました。
さまざまな偏愛を持ち独自の世界を生み出すゲストのお話は、私たち一人ひとりにどんな変化をもたらすのでしょうか。"生活の主人公"へのヒント満載、「ハンズトーク」スタートです!
五感で味わうラジカセの魅力。ハンズトーク「アナログヴィンテージ」編
「ハンズトーク」最初のゲストは、ハンズ渋谷店にラジカセやカセットテープの専門店「SHIBUYA-BASE」を構える家電蒐集家・松崎順一さん。スマホで音楽を聴く時代にラジカセ? と思われるかもしれません。でも松崎さんはアナログの音質に触れることが少ない今だからこそ、カセットテープの音のあたたかさや、ラジカセならではのフィジカルな体験の魅力を世の中に伝えようとしています。松崎さんとの対話を通じ、日本のアナログ製品が持つ魅力、ラジカセが宿す機能美や音の世界を紐解きました。
音を所有し、聴くまでの"儀式"も楽しむ

松崎順一さん(家電蒐集家)
2003年より後世に残したい家電を蒐集。中でも日本人の発想力・想像力から生み出された「ラジカセ」に注目し、現在はハンズ渋谷店に店舗を構え「ラジカセ」の持つデザイン性、機能美など日本が誇る工業製品の持つ魅力を紹介する活動を展開中。
村田:松崎さんはラジカセ以外にも古い家電を集めていますよね。なぜ「家電蒐集家」になったのでしょうか?
松崎:インテリアデザイナーとして魅せ方を考えるうち、昭和の家電に惹かれていったんです。とくにラジカセは、当時からすると家の中の音楽を外に持ち出せる画期的な存在。スイッチの感触やボリュームの重みなど、手で操作する楽しさやカセットを取り出しセットするまでの"儀式"も、音楽を楽しむ大切なプロセスなんです。

塩谷:音を聴く前の時間も含めて、「体験」として楽しむんですね。
松崎:そうなんです。アナログの音はどこか自然と耳に入ってきて疲れないし、カセットというかたちで曲を"所有する喜び"もある。それが満足感につながっていると思います。
唯一無二、アナログ家電の駆け込み寺
村田:「SHIBUYA-BASE」では、ラジカセの販売と修理を中心にされているそうですね。どんなラジカセを取り扱っているのでしょうか?
松崎:僕が"ゴールデンエイジ"と呼ぶ1975〜1985年のラジカセが中心です。全部整備して販売しています。最近カセットに興味を持つ若い人も増えていますが、ラジカセの使い方やメンテナンスを相談できる場所は少ない。ラジカセを含むオーディオ全般について「どこに相談していいかわからない」という方が駆け込める場所でありたいと思っています。

壊れている箇所は1度バラして部品を交換。最近は3Dプリンターの登場で修理の幅も広がったそう
村田:まさに駆け込み寺のような場所ですね! 自分で調べるだけでは手に入らない情報も多そうですし、救われている人がたくさんいる気がします。
こんなに違う!? 70〜90年代ラジカセ聴き比べ

松崎:今日は1970年代、80年代、90年代のラジカセを持ってきました。同じ曲が時代ごとにどう違うのか、体感していただきたいと思いまして。まずは1976年にSONYから発売された「スタジオ1980」です。

塩谷:やわらかくて温かい音!スマホで聞く音楽ともまったく違いますね。
松崎:歌謡曲が流行した1970年代のラジカセは、歌い手の声が前に出るよう調整されているんです。ラジカセは製造段階で聞く音楽が想定されているのも面白さのひとつですね。
次は80年代、SANYOの「テレコU4」です。

塩谷:さっきより音の粒が立って、ベースラインもはっきり聴こえます。
松崎:80年代のラジカセは小ぶりでも本当にいい音がするんです。当時みんなが聞いていたシティポップやAORを流すと心地よい。最後は90年代。コンピューターを使った3Dデザインの普及で、自由なフォルムが特徴です。

塩谷:軽やかで、ライトな雰囲気。J-POP全盛の時代性すら感じますね。でも私は80年代の音が好みです。
松崎:80年代は、性能もデザインも最高の時代でしたからね。部品も金属製で職人がひとつずつ仕上げていたので、耐久性にも優れています。
塩谷:実際に聴き比べてみて、ラジカセがほしくなってしまいました!
想像力と人生を刺激する、アナログ体験の特別さ

塩谷歩波さん(画家)
建築図法"アイソメトリック"と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表し、レストラン・ギャラリーなど、幅広い建物の図解を制作。著書は「銭湯図解」「湯あがりみたいに、ホッとして」「塩谷歩波作品集」「純喫茶図解」。
塩谷:私自身もずっとアナログな方法で作品をつくっているのですが、きっとそれは手で触って感じることで「所有する感覚」を大事にしているんだと今日のお話を通して腑に落ちました。手触りや重みがあるからこそ生まれる愛着もあると思うんです。実在するものを手元に持っているというのは、かけがえのない価値。自分の活動にも自信を持てた気がします。
松崎:私も修理をしていて、そんな感覚を覚えます。手を動かして絵を描くことも、耳で音を聴くことも、すべて五感を使った経験。触れたり聴いたり、ときには嗅いだり。自分の身体で向き合わないと知り得ない情報や感情がたくさんあるんです。五感から情景を想像する力こそ、人生を豊かにしてくれるんだと思います。

村田:カセットを入れてスイッチを押し、空気の振動を耳で受け止める。一連の流れ自体が特別な体験なんですね。身体感覚を大切にすることが、自分を愛おしむことにもつながる。デジタルにはないアナログの魅力は、そこにあるのかもしれませんね。
ライフスタイルとしての「推し活」のすすめ。ハンズトーク「推し活」編
「ハンズトーク」第2弾のテーマは、今や国民的ムーブメントといっても過言ではない「推し活」です。推し活カルチャーの火付け役・Oshicocoのコンテンツプロデューサー・西村咲希さんをゲストにお迎えし、"好き"で人生を豊かにしていくためのヒントや、推し活を文化として育む道のりについて、お話を伺いました。
"推し"が将来の道しるべに

西村咲希さん(株式会社Oshicoco コンテンツプロデューサー)
高校生から役者・ダンサーとして舞台を踏み、大学では映像身体学を学び映画制作や劇団の立ち上げにも参加。Oshicocoでは企画営業統括、エンタメ企業様向けコンサルティング業務を多数担当。
村田:ご自身もアイドルやキャラクターの推し活に精を出す西村さん。まずは西村さんが推し活にハマった原体験を教えてください!
西村:小学生のころ『花より男子』で嵐が大好きになったのがはじまりです。母も光GENJIのファンだったので、アイドル好きの血を受け継いだのかもしれません。中学生のころは俳優・藤原竜也さんに夢中で、毎日映画を観ていました。推しに導かれ、「自分もエンタメをつくる側に回りたい」と思うようになったのが、この仕事をしている原体験かもしれません。

村田:身近に推し活の心強い先輩が! 今では推し活を仕事にもされています。Oshicocoではどんな役割を?
西村:企画営業を担当し、推し活目線の商品開発やコラボ提案、ファン向けサービスの開発などを行っています。推し活は、自分の学びや成長にもつながるライフスタイルだと感じています。
ハンズは推し活の聖地!?
塩谷:私も推し活に勤しんでいるのでわかるのですが、推し活しているといろんなグッズを集めたり、応援グッズを自分でつくることもあると思います。西村さんの推し活を支えてくれたアイテムって何かありますか?
西村:ブロマイドを収納できるL版写真のファイルは、舞台通いの必需品。最近は推しの顔を守れるうちわケースも重宝しています。
村田:うちわも自作されるんですよね?
西村:たくさんつくりました。フォントや色を選んで、推しの好きなモチーフを入れて...。うちわをつくる時間そのものが、推しのことを考える幸せな時間なんです。それを見て推しが"確定ファンサ"してくれたときは、本当にうれしかったです。

塩谷:わかります。自分のうちわやタオルに書いてあることを、目を合わせながらリアクションしてくれたときのうれしさと言ったら...。
村田:Oshicocoさんは、簡単にうちわをつくれるキットも販売されていますよね。
西村:自分の推し活経験も活かして、貼るだけでうちわがつくれるキットをつくっています。うちわが東京ドームの後方席からでも見えるよう、フォントの大きさなど視認性にはこだわってますね。材料をハンズさんに買いにくることも多いんですよ。最近Oshicocoのブースもつくっていただいたんですが、とくに文房具フロアはオタクの聖地で、必要なものが一気に揃います
オタクによる、オタクのためのアイテム
村田:さまざまな推し活アイテムを展開するOshicocoさんですが、オリジナルアイテム制作にはどんなこだわりを持っていますか?
西村:Oshicocoは社員全員がオタクなので、「自分たちにしかできないもの」「自分たちがほしいもの」を基準に企画しています。なにより、かわいさは最重要です。

西村:最近、気合を入れてつくったのが御守。オタクがライブ前や当落前に神社に行く文化から着想を得ました。専門業者さんに、神社の祈祷でパワーを注入してもらっています。
塩谷:「推し笑顔」「不祥事回避」...ファンが喜ぶ御守がいろいろありますね!

西村:御守から発展してパワーストーンもつくりました。5色展開で、願いごとや好きな色にあわせて選べます。「ファンサもらえました!」という声も多いんですよ。
村田:実際にご利益が出てる!
好きなものを「好き」と言える毎日をこれからも
西村:最近はトークショーやイベントにお招きいただき「推し活ってなに?」と聞いていただける機会が増えてうれしいです。推し活ってアイドルやキャラクターだけに思われがちですが、お店だったり土地だったり、あらゆる「好き」が対象になると思うんです。みなさんにとっても今日が「自分の好き」を思い返すきっかけになれば幸いです。
塩谷:推し活は、仲間や情報が広がるすてきな文化。明日をがんばる力にもなります。いちオタクとしても、これからもご活動を応援しています!
村田:好きなものを「好き」と安心して発信できる場って尊いですよね。好きの種が、西村さんのように自分の未来につながることもある。Oshicocoさんのような存在が、日々を前向きにしてくれると感じました。

銭湯文化よ、永遠なれ! ハンズトーク「サウナ・お風呂」編
「ハンズトーク」第3弾のテーマは「サウナ・お風呂」。今回聞き手も務めていただいている『銭湯図解』をきっかけに半生が映像化された画家・塩谷歩波さんと、「銭湯文化を永遠に!」を合言葉にデザインで銭湯カルチャーを"沸かす"SENTO FOREVERから湊七海さん、大竹沙織さん、藤澤茜里さんの3人をゲストに、アートやデザインの視点から銭湯を読み解きました。
文化としての銭湯のユニークさ

SENTO FOREVER(クリエイティブユニット)
「銭湯文化を永遠に!」をビジョンに、デザインで沸かすプロジェクトチーム。銭湯やサウナをテーマにしたイベントの企画・運営、クリエイターのキュレーション、空間プロデュース、アイテムのデザインなどを通して、銭湯に行くきっかけをつくり出す。
村田:今日はSENTO FOREVERさんから湊さん、大竹さん、藤澤さんの3人に来ていただいてますが、みなさんが銭湯にハマったきっかけをお聞きできますか?
湊:学生時代にデザイン学科の仲間たちと展示を企画し会場を探す中で、自由が丘の「みどり湯」のギャラリーに出会いました。せっかくなら銭湯をテーマにしようと調べはじめたところ、銭湯の文化や人にどんどん魅了され、銭湯に足繁く通うようになったんです。
村田:銭湯のどんなところに惹かれたんですか?
湊:はじめは建築やデザインとしての面白さ、その後だんだんと銭湯に関わる人たちにも惹かれるようになりました。最近は、地域ごとに個性が異なるサウナめぐりにハマっています。
大竹:互いにただ話したいことを話す、常連さん同士のゆるい会話にも癒やされています。「人間関係ってこれくらいでいいんだ」と気楽になりました。塩谷さんはどうして「銭湯図解」をはじめたんですか?
塩谷:もともと建築事務所で働いていたんですが、仕事で体調を崩したとき、先輩に銭湯に連れて行ってもらったらとても気持ちよくて。常連さんの何気ない会話にも癒やされ、毎日のように通うほどハマりました。
建築的にもそこでしか見られないようなつくりも多くて。「銭湯図解」はこのすてきな空間をたくさんの人に伝えたいと思ったのが、きっかけですね。

藤澤:私も建築専攻だったので、やはり昔ながらの宮造りの銭湯にも惹かれますが、限られた空間を活用した都市型銭湯も好きで。『銭湯図解』にも描かれていますが、銭湯にはお客さんを楽しませる工夫がたくさんありますよね。
村田:たしかに、「銭湯図解」って見ているだけでその場所のあたたかな空気感が伝わってきますよね。これを見て銭湯にハマる人も多そうです。
銭湯好きの裾野を広げるデザイン
村田:みなさんが掲げる「銭湯文化を永遠に」というキャッチコピーの由来は?
湊:伝統としての銭湯文化に、私たちなりの新しい解釈を重ねていきたい。「銭湯を知る入り口をデザインする」という思いで付けました。
村田:なるほど。だからデザインにこだわったグッズをつくっているんですね。展開しているアイテムはどうやって企画されているんですか?
大竹:「こういうのがあったらかわいい」と案を出し合いながら、自分たちが使いたいもの、贈りたいものをかたちにしています。デザインは銭湯に興味を持ってもらえる入り口として、同世代が手に取りやすいようポップさを重視して。
藤澤:実用性だけじゃなくて、銭湯によくある風呂桶やうちわなど、商品自体のインパクトを大事にすることもあります。

銭湯に持っていくのにちょうどいいサイズの巾着袋

すぐに乾くメッシュ生地のバッグ
ハンズ渋谷店 絵地図の制作秘話

藤澤: 図解はどうやってつくっているのでしょうか?
塩谷:アイソメトリックという建築図法で描いています。数百枚の写真を撮り、お風呂だけでなく待合室の椅子のサイズまですべてメジャーで測って。一軒に数ヶ月かかることもあるんですよ。登場する人物などは、実際に銭湯を利用しているときに出会った光景や、取材させてもらった話などをもとに、物語を膨らませながら描いていますね。
村田:塩谷さんは現在、ハンズ渋谷店の「絵地図」も制作中なんですよね。
塩谷:現地で撮影した約1200枚の写真をもとに、店内の雰囲気が伝わるよう描いています。スキップフロアの特殊な構造をどう見せるかで悩みました。これまでにない新しい挑戦で、楽しみながら取り組んでいます。

図面を参照しながら店内をリサーチする塩谷さん
村田:絵地図を通して、ハンズ渋谷店に対する新たな発見はありましたか?
塩谷:それはもう、たくさん!(笑) 本当にダンジョンのような空間なので、取材のたびに「こんな商品があったんだ」「こんな場所があったんだ」と驚いています。いままでに描いたものの中でも、いちばん時間のかかっている大作なのですが、その発見を絵にできることがうれしいですね。
文化もデザインも、銭湯をまるっと愛して

村田:今日のお話で、銭湯がぐっと身近な存在になった気がします。
塩谷:SENTO FOREVERさんのアイテム、かわいくて大好きです。制作背景にまつわるお話を聞いて、よりリスペクトが増しました。
藤澤:ありがとうございます! アイテムをつくっているのも、まずは敷居を下げることが大事だと思っているから。その意味で塩谷さんは銭湯図解で銭湯好きの裾野を広げた方。こちらこそリスペクトしています。
大竹:銭湯の楽しみ方は人それぞれ。「お風呂に入ること」だけでなく、塩谷さんや私たちの活動を通じて、銭湯やグッズのデザイン、文化自体も楽しんでもらえるようになったらうれしいです!
深くて広いソフビの世界。ハンズトーク「ソフビ」編
「ハンズトーク」最後のテーマは、近年アートとしての広がりも見せている「ソフビ」。ソフビに魅せられ20年、これまでに100作品を超えるオリジナルソフビを手掛けた映像作家/アーティストのSUNGUTS いちみや忠義さんをゲストに、そのルーツや制作の舞台裏、ソフビのグローバルな広がりについて、お話をうかがいました。

SUNGUTS いちみや忠義(ソフビ造形家/映像作家)
広告制作会社で、ディレクターとしてTV-CM、VPを監督すると共にキャラクターをデザイン。独立後、ソフビによる立体造型作品も製作し、「時効警察」(テレビ朝日/MMJ)の「プクーちゃん人形」も制作。
村田:ソフビの原体験をうかがう前に...今日はいちみやさんの小さいころの写真をお持ちいただきました。すでにたくさんのソフビに囲まれてますね!
いちみや:2歳のころです。両親が買ってきてくれたソフビを並べて遊んでいました。特撮も大好きで、毎日のように観ていましたね。
村田:当時はソフビでどんな遊びを?
いちみや:お風呂に沈めて、海から怪獣が出てくるシーンを再現していました。特撮の監督になったつもりで「今ここを撮っている」と想像しながら遊んでいたんです。それがのちの映像の仕事につながっている気がします。
世界中に広がるソフビ文化

村田:いちみやさんのご活動は今や海外にも広がっていますね。
いちみや:今年はタイで個展をしました。願いを叶えるといわれるヒンドゥー教の神「ガネーシャ」をモチーフにした作品を展示しました。
塩谷:なぜガネーシャをモチーフに?
いちみや:もともと怪獣や妖怪をモチーフに作品をつくっていたんですが、最近はタイ仏教に興味があって。タイのお寺のガネーシャはカラフルで大きくて、怪獣のような魅力があるんです。
村田:本当ですね。巨大なソフビを見ているような迫力...。今やソフビはおもちゃにとどまらず、アートとして世界中に広がっているようですね。
いちみや:日本のソフビ文化が台湾で広がったのが始まりだと思います。インディーズのソフビは数が少ない分、希少性が話題になりました。日本製のソフビは世界中で注目が高く、わざわざ日本の工場につくりに来る作家もいるほどです。
いま世界的ブームになっているカシン・ローンさんの「ラブブ」も、最初はソフビとして発表されたんですが、ポップアートとして広がっていますね。
ソフビが生まれるまで
村田:今日はなかなかお聞きできないソフビのつくり方もお聞きできればと思います。先ほどご紹介いただいたガネーシャはどんなプロセスでつくっているんですか?
いちみや:まずはお寺で観た実物のイメージや写真を元に、石粉粘土で造形して原型のデザインをつくります。
塩谷:へえー! 粘土で造形をつくられているんですね! CGを使うのかと思っていました。
いちみや:そうなんです、ああでもないこうでもない、と。その後シリコンで型取りし、町工場で金型を制作します。60〜70年代の怪獣ブームのころは金型工場が多かったんですが、規制が厳しくなったこともあり新設が難しく、今は3軒にまで減ってしまいました。

塩谷:3軒! 工場の取り合いですね。成形後の着色はどうしているんですか?
いちみや:日本製のソフビは世界の注目度も高く、さらに海外の作家さんも来られるので争奪戦です(笑)。着色は成形時に素材の色を指定し、さらにスプレーや筆で塗装するなど手を加えます。透明な素材で成形して内側から色を塗るとまた違った味わいになりますし、蓄光と黒をマーブル状に混ぜることもあります。このメガロドンもそうですが、そうすると蓄光の部分だけ暗闇でボワっと光るんですよ。
塩谷:本当だ!めちゃくちゃかっこいいですね!

怪獣に神様に妖怪、多彩なソフビたち
村田:今日は、数量限定で人気作品であるメガロドン、ガネーシャ、一つ目小僧の抽選販売会を実施されるとのことで大勢の方がお越しくださってますが、それぞれの制作秘話を聞かせていただけますでしょうか?
いちみや:メガロドンは、大きいサメをつくりたくて仕上げました。ガネーシャはさっきお話したようにタイの神様シリーズ、一つ目小僧は妖怪シリーズです。妖怪はもともとたくさんつくっていて、ここにはありませんが座敷童子や提灯小僧もあります。

塩谷:メガロドン、お腹の模様から質感まで最高です。
いちみや:ダンクルオステウスという古代魚の表皮を想像しながらつくりました。蓄光と黒の層を重ねているので、全身が光るんですよ。今回は、目の色やボディにハンズカラーの"緑"を使ったものを持ってきました。
村田:かっこいい! ハンズ限定仕様だったんですね!
好きなソフビを堂々と持てる時代に

塩谷:ライセンス作品もオリジナル作品も、同じ熱量でつくられているのがすてきでした。私自身、つくること自体が楽しいので、作品によって気持ちは変わりません。つくっているものは違うものの、作家として同じような目線を感じてうれしくなりました。私もなにか造形に挑戦してみたい!
村田:ソフビが、おもちゃにとどまらずアートとして世界中に広まっている。小さいころ身近だった存在がいまこんなに注目されていることに感動を覚えます。
いちみや:以前は大人が怪獣ソフビを持っていると"変な人"扱いされる時代もありましたが、今は好きなものを持っていても変に思われない。それがうれしいですね。部屋に置いたり、遊んだり、眺めたり...ソフビは手に取る人が完成させる趣味だと思っています。ぜひ、みなさんの好きなように、ソフビを楽しんでみてください。
おわりに
「トークが終わったあとも、みんなが楽しそうに話し込んでいたのが印象的です。ゲストが語る短編集のように濃いお話が、空間そのものを刺激してくれたようでした。それにしても、まるでオムニバス映画や短編集を読み続けているような時間でしたね」
塩谷さんがそう振り返ったように、誰かが"好き"を熱量高く語る姿は、その場にいる人たちに自然と伝播し、空間ごと温めてくれるのかもしれません。
これからラジカセを見かけたら、そこに松崎さんがいなくても、語ってくれた言葉やかけてくれた音のあたたかみがふっと蘇ってくるでしょう。同じように、推し活や銭湯、ソフビに触れたとき、きっとゲストのみなさんの表情や声が浮かんでくるはず。「ひと」の物語で、「モノ」の魅力はこれだけ引き出されるのだと実感しました。
「ハンズさんぽ」「ハンズトーク」は、 そんなゲストのみなさんから生活を自分の手に引き寄せるための視点や発見を採集し、持ち帰るための場でした。迷ったとき、立ち止まったとき、ふと立ち返れる「好き」がある。その好きを自分なりに編纂した「好きの図鑑」こそが、生活の主人公として、人生を豊かに生き抜くための"ライフライン"になるのかもしれません。
【ハンズ渋谷店 生活編集図鑑プロジェクトとは】
2025年10月、ハンズ創業50周年を目前に控え、ハンズ渋谷店を舞台に始動した「生活編集図鑑」プロジェクト。店内を「訪れることで暮らしがアップデートされる図鑑」として位置づけ、そこで得た発見を生活に持ち帰ることで、日常をよりよく編集していく体験を届けよう、という企画です。
「ハンズさんぽ」の聞き手、画家の塩谷歩波さんがハンズの魅力を描き起こした「生活編集図鑑 絵地図」はこちら>>
目線が変わると普段の街も変わって見える。「偏愛」レンズで再発見する渋谷の魅力【「ハンズさんぽ」イベントレポート】の記事はこちら>
